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      翻訳 《 血 友 病 》
原題:The hemophilias 
著者:Kessler CM, Leon H, and Donald IF.
出典:アメリカ血液学会(ASH)1996年度総会 教育講演集 p95〜105.
翻訳:広島大学医学部小児科 加藤 恭博
転載:広島大学医学部附属病院輸血部 高田 昇
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<I> 血友病A・Bにおける補充療法
■ 1970年代中頃から重症の血友病A・Bに対しヒト血漿由来の濃縮製剤が投与される ようになった。80年代中頃からすべての第VIII因子製剤に、病原性ウイルスの感染を 予防するためにウイルス不活化対策が施されている。このための技術の発展はエイズ の流行によって一段と加速されたが、血友病A・B重症例の大多数は、この時すでに血 液製剤によってHIVに暴露されてしまっていた。さらに他の主要な病原性ウイルスに も同様に感染していた(表1)。

(表1) 濃縮因子製剤によって感染しうる病原性ウイルス

                        感受性の有無
                     --------------------------
ウイルス      ゲノム 脂質膜 サイズ 高温加熱 触媒・界面活性剤
--------------------------------------------------------------------
HIV-1         RNA   +  〜100nm   +    +
A型肝炎ウイルス  RNA   なし 〜25-30    +    なし
B型肝炎ウイルス  DNA   +  〜40     +    +
C型肝炎ウイルス  RNA   +  〜50     +    +
D型肝炎ウイルス  RNA   +  〜35     +    +
G型肝炎ウイルス  RNA   +  〜50     +    +
パルボウイルスB19 DNA   なし 〜20     なし   なし
-------------------------------------------------------------------

■ 幸いにも対策が進歩したことによって血友病患者での新しいHIV感染は劇的に阻 止されるようになり(HIVの抗体陽転化は米国では87年以降は発生していない)、脂質膜 を有するエンベロープウイルスであるHBV、HCV、HDV、(おそらく)HGVの感染も事実上 克服された。安全性の面で第IX因子製剤は第VIII因子製剤に遅れをとり、米国では91 年にようやく達成された。血友病患者はウイルス感染の観点から以下の2群に大別さ れる。1つは87年以前に製造されウイルスの混入した製剤を投与されたために多種類 のウイルスに感染してしまった群、もう1つはウイルスを除去された製剤のみを投与 されているためウイルス感染のない比較的若年層の群である。

■ ウイルス除去・不活化目的の処理方法によって、多数ある濃縮製剤はクロマトグ ラフィーによる方法と物理化学的な方法とに大別できる。凍結乾燥させた濃縮製剤を 高温加熱させる方法と(または)有機溶媒であるTNBP(tri(n-butyl)phosphate)や界面 活性剤であるsodium cholate・Tween 80・Triton X-100・sodium thiocyanateなどを 加える方法が、米国で販売される製剤に汎用される効果的な方法である。濃縮製剤を 60℃で液状加熱処理(パスツリゼーション)したり、高圧下60℃で乾燥加熱するのは効 果的なウイルス不活化方法ではあるが、生物学的活性も減じてしまう欠点がある。

■ 各々の不活化方法の安全性を評価する上で最も優れているのは、過去に治療歴の ない患者(以下PUP)の前方視的な治験である。しかし全製剤でこれらの治験が施行さ れているわけではない。乾燥加熱処理を長時間(80℃、72時間)行う方法が肝炎ウイル スとHIVに安全であることがスコットランドの前方視的な治験で証明された。しかし ながら米国で唯一この方法で製造・販売供給されている製剤(Bayer社の第IX因子製剤 Konyne-80(TM))のPUPスタディーはいまだ行われていない。さらに第VIII因子インヒビ ター発生例に投与される第IX因子製剤に用いられる68℃・144時間の乾燥加熱が、十 分なウイルス不活化作用があることを明確に証明するための前方視的な治験も行われ ていない。

■ もっとも過去に肝炎ウイルスやHIVの感染の報告はない。 PUPの前方視的拡大治 験では、パスツリゼーションした製剤( Armour社のMonoclate P(TM)、Behringwerke社 のHumate P(TM) )投与によるHIVや肝炎ウイルスの抗体陽転化例はなかったものの、過 去にB・C型肝炎の報告がある。パスツリゼーションを施した凝固因子製剤を投与した PUPのなかに、パルボウイルスB19の抗体陽性化例が存在する。それゆえパスツリゼー ションを施してもウイルス感染の危険性が全くないわけではない。

(表2) 米国の血液濃縮製剤のウイルス不活化工程
----------------------------------------------------------------------------
・パスツリゼーション   これらの工程の併用+クロマトグラフィー処理により、
・液状加熱処理       さらにウイルス量が指数関数的に減少する。
・乾燥加熱処理
・界面活性剤・溶媒処理
・ナノフィルトレーション
----------------------------------------------------------------------------

■ 界面活性剤・溶媒処理(以下SD処理)は、凝固因子活性を損なうことがないため一 般的に用いられる不活化法である。界面活性剤や溶媒はクロマトグラフィーの段階で 除去されるため、頻回に輸注しても血友病患者に影響を及ぼすことはない。この不活 化法を用いて供給される製剤(Bayer社のKoate HP(TM)、Baxter社のHemophil M(TM)、 米国赤十字社のAHF-M(TM)、Alphanate社のProfilate OSD(TM)、Alpha Therapeutics 社のAlpha Nine SD(TM)、Armour社のMononine(TM))は非常に安全とされる。PUPの比 較対象試験も多数報告されており、脂質エンベロープをもつウイルスの感染例はない 。

■ しかし残念なことに、脂質膜を持たないノンエンベロープウイルスにはこの方法 は無効であり、投与された血友病患者にパルボウイルスB19やA型肝炎ウイルスが感染 したという報告がある。乾燥加熱による製剤(Immuno社のFEIBA-VH(TM)とBebulin(TM) )の安全性は、数種の多施設共同治験で証明されている。過去にはHBVの抗体陽転化の 報告はあるものの、地方に住むPUPを対象にしたイタリアの4つの治験によると、安全 性は乾燥加熱した第VIII因子製剤(米国では未発売)にも当てはまる。現在既知ないし 未知のウイルスがこれらのウイルス不活化工程をすり抜けて伝播する危険性があるた め新しい工程が導入されている。

■ 通常これらの新しい工程は、ウイルス除去能をさらに高めるため以前からの工程 と併用される形で用いられる。例えば、SD処理や高温加熱処理された製剤が現在治験 中であり、ウイルス除去膜処理と界面活性剤による処理を組み合わせた製剤(Armour 社のMononine(TM)) や、20nm大のウイルス(表1参照)も除去できるナノフィルトレー ション法とSD処理を組み合わせた製剤(Alpha社のAlpha Nine SD-VF(TM))もある。さ らに数社が完成品へのウイルス混入の有無についてPCR法を用いている。しかし単独 ないし併用で用いられるこれらの工程がいかに効果的であろうとも、他の手段(献血 者のスクリーニングと血漿のウイルス検査)や血友病症例へのA・B型肝炎ウイルスの ワクチン接種なども、安全性を保つために重視する必要がある。

(表3) ヒトおよびブタ血漿由来の中等度純化された第VIII因子製剤

由来  商品名    製薬会社          ウイルス不活化方法    特異活性(U/ml)
---------------------------------------------------------------------------
 ヒト Profilate OS   Alpha            SD処理(TNBPとpolysorbate        6-10
                                      therapeutic 80), 24度6時間
 ヒト Koate-HP       Bayer              SD処理(TNBPとpolysorbate        9-22
                                                  80), 27度6時間
 ヒト Humate-P      Behringwerke    液状加熱処理(パスツリ            1-2
                             Armourから     ゼーション), 60度10時間
               供給
 ヒト Alphanate    Alpha                SD処理(TNBPとpolysorbate        8-31
                                                   therapeutic 80), 27度6時間
 ブタ Hyate:C        Speywood           なし                         50-100
---------------------------------------------------------------------------
略号 TNBP=tri(n-butyl)phosphate SD処理:界面活性剤

■ 遺伝子組み換え(以下リコンビナント)第VIII因子製剤は、各種ウイルスに対する 安全性の確保という意味で魅力的である。この製剤は胎児のウシ血清の存在下でマウ ス由来のセルラインにより合成され、その後ネズミのモノクローナル抗体で純化され た後にヒトアルブミン中で安定化されるために、理論的にいえば他の哺乳動物のウイ ルスを伝播させてしまう危険性がある。この危険性を最小限にするためにウイルス除 去工程が導入されているが、臨床治験はまだ始まったばかりであり、安全性を証明す るにはまだほど遠い。

■ アルブミンを含有するリコンビナント製剤を含めた第VIII因子製剤は、最近製薬 会社によって自主的に回収された。ヒト下垂体成長ホルモンを投与されたり、家族内 にクロイツフェルト・ヤコブ病患者のいるドナーから得た血漿が製剤に混入していた ためである。もっともこの病気が血漿由来製剤を介して伝播するという事は確定され てはいない。アルブミンを含有しないB-ドメインの欠失した遺伝子組み換え第VIII因 子製剤(Pharmacia-Upjohn社)や、アルブミンを含有せずウシ蛋白のない環境で精製さ れたリコンビナントの第IX因子製剤(Genetics Institute社)は、いずれも現在臨床治 験中である。in vitroないしin vivoの研究で第VIII・IX因子製剤に免疫調整作用があ ることが証明されてきた。

■ 製剤の純度と免疫機能の間には、明確な正の相関関係がある。すなわち非常に純 度の高いモノクローナル抗体によって精製された第VIII因子製剤を投与した場合、純 度が中程度の製剤を投与した場合に比してHIV抗体陽性の血友病患者での免疫機能(CD 4陽性細胞数の減少/年)がより保たれていたという報告がある。ただしこの望ましい 傾向も、実際のAIDS患者の生存率を改善したり病勢の進行を阻止する程のものではな い。CD4陽性細胞数は、中程度の純度の製剤を多量に投与されたHIV抗体陰性の症例で も減少することがあり、同時に起こりうるC型肝炎ウイルスなどのウイルス感染症の もつ役割については、まだはっきり結論が出ていない。

■ 第VIII因子製剤の純度は、 PUPにおけるアロ抗体であるインヒビターの発生率と 関係があり、リコンビナント製剤による発生頻度は中程度の純度の製剤よりも高い。 ただ長期にわたるサーベイランスでは、アロ抗体の発生頻度はおそらく製剤の純度に よらないであろうことが示されている。

■ 第IX因子製剤の純度と血友病Bの過凝固状態の程度とは負の関係がある。純度の 低い第IX因子製剤を長期・頻回・大量輸注すると、血栓塞栓症(播種性血管内凝固症 候群(DIC)、深部静脈血栓症、肺塞栓症、稀に若年者での非粥状硬化性の心筋梗塞な ど)を引き起こす。これらの副作用は高度に純化された(ヒト)第IX因子製剤ではみら れない。

■ 患者の好み・主治医の哲学・作用副作用の比重や価格/治療効果のかねあいの解 釈・高度に純化された製剤が高額なためによって生じる払い戻しの問題を考慮した上 で、どの製剤を処方するかが決定される。例えば、第VIII因子製剤を年間50,000単位 使用するとして、$0.35/単位の中程度に純化された製剤では$17,500/年費用がかか るのに対し、モノクローナル抗体で純化された製剤($0.90/単位)では卸の平均価格 で$45,000/年、リコンビナント製剤($1.18/単位)に至っては卸の価格で$59,000/ 年にもなる。

■ 高度に純化された製剤は理論的にはより安全のはずであるが、臨床効果の面では 他と差がない。米国のたいていのPUPにはリコンビナント製剤が投与される。HIV抗体 陰性の症例には費用の面のみを考慮し中程度に純化された製剤を投与することを推奨 する向きもあるが、米国の多くの専門医は価格とは無関係に高度に純化された製剤を 投与している。 HIV抗体陽性例にはCD4値を保つ意味から高度に純化された製剤を投 与することが望ましいが、コストの面も考慮し中程度に純化された製剤を投与した方 がよいという意見もある。これらの理論的・哲学的・経済的な判断から、高度に純化 された製剤ないしリコンビナント製剤は米国の補充療法の需要の少なくとも80%を占 めている。

■ 純度は蛋白(mg)あたりの凝固活性(Unit)によって求められる特異的活性により決 定される。フィブリノーゲン・免疫グロブリン・フィブロネクチンなどの含有の多い 中程度の製剤と比較した場合、フォンビルブランド因子の含有は多いものの特異的活 性が低いとされる第VIII因子製剤も中程度の純度とみなすべきかいなかについては結 論はまだはっきりしない(表4と5)。

(表4) 遺伝子組み替えおよび免疫親和性クロマトグラフィーによる第VIII因子製剤

遺伝子組み替え
種類/商品名   製薬会社    細胞由来       特異活性(U/ml)
--------------------------------------------------------------------
Ricombinate  Baxter-Hylandと CHO(チャイニーズ   2.2〜5
         Genetic Institute ハムスターの卵巣)
Bioclate    Armour       CHO            2.2〜5
Kogenate   Bayer        BHK(ベビーハムス   8〜30
                     ターの腎臓)
Helixate    Armour       BHK            8〜30
--------------------------------------------------------------------
免疫親和性クロマトグラフィー
種類/商品名    製薬会社     ウイルス不活化     特異活性(U/ml)
--------------------------------------------------------------------
Monoclate-P    Armour     パスツリゼーション      5〜10
                      (60度、10時間)
Hemofil M    Baxter-Hyland  SD処理(TNBP-トリト     2〜11
                     ンX 100)25度10時間
AHF-Method M 米国赤十字    SD処理(TNBP-トリト     2〜15
                     ンX 100)25度10時間
--------------------------------------------------------------------

■ インヒビター値が10 Bethesda Unit (BU)/ml以上の症例には、活性型ないし非活 性型第IX因子複合製剤を投与され、そのうちもっともよく処方されているのは、FEIBA (Immuno社)である。以前使用した製剤への反応性がよくない場合には、ブタ由来の第 VIII因子製剤を投与することもあり、遺伝子組み換えのZa因子製剤が現在治験中で ある。ヒト由来の第VIII因子製剤は、インヒビター値が低値(5BU以下)の場合に投与 される(表3、4、5)。

(表5) 第IX因子製剤
製剤・商品名     製薬会社       ウイルス不活化        特異活性(U/ml)
-----------------------------------------------------------------------------
第IX因子製剤
 AlphaNine SD-VF  Alpha      TNBPとポリソルベート80, 30度   〜220
              therapeutic  デュアルアフィニティークロマ
                        トグラフィー+ナノフィルトレ
                        ーション
 Mononine       Armour     塩化チオシアネート、超濾過法   160〜
複合濃縮製剤
 Konyne 80       Bayer      乾燥加熱処理、80度、72時間   〜1.3
 Proplex T       Baxter-Hyland 乾燥加熱処理、68度、114時間   〜47
 Profilnine HT     Alpha       N-ヘプタン加熱、80度、72時間  〜4.5
              therapeutic
 Bebulin         Immuno     加熱(60度10時間、1190ミリバ   〜2
                         ール。80度1時間、1375ミリバ
                        ール)
活性型複合濃縮製剤
 Autoplex       Baxter-Hyland  乾燥加熱処理、68度、114時間   〜5
 FEIBA VH Immuno Immuno      加熱(60度10時間、1190ミリバ    〜0.8
                         ール。80度1時間、1375ミリバ
                        ール)
-----------------------------------------------------------------------------

■ 凝固因子製剤の投与量は、製剤が血漿と血管外のスペースに分配されることを念 頭に置いて計算される。第IX因子活性の上昇期待値(%)=投与量(U)/体重(kg)、すな わち必要投与量(U)=体重(kg)×第IX因子活性の上昇期待値(%)。第VIII因子活性の 上昇期待値(%)={投与量(U)/体重(kg)}×2、すなわち必要投与量(U)={体重(kg) ×第VIII因子活性の上昇期待値(%)}×0.5である。

<II> 第VIII因子インヒビター;診断と治療
■ 抗体が出現した症例の治療は、血友病の管理で最も難渋することの1つである。
血友病Aの重症例は、まったくと言っていいほど第VIII因子を産生していないため、 異種蛋白である第VIII因子を輸注されると”第VIII因子インヒビター(以下抗体)”が 出現することもある。
  
II-1. 抗体の発生頻度
■ より高純度のリコンビナント第VIII因子製剤で治療されると、抗体の発生頻度が 増加するかもしれないという危惧があった。しかし80年代までは抗体に関する調査が 後方視的であったため、この発生率の評価は困難であった。通常第VIII因子製剤の治 療効果が悪化した場合に抗体の発生を疑い、in vitroで確認していた。重症型の血友 病AのPUPでリコンビナント製剤投与による抗体の発生頻度を3ヶ月毎に調査した詳細な多施設共同の報告が2編、最近発表された。

■ これらによると、Kogenate(TM)を投与された49例中14例(29%)に、Recombinate (TM)では73症例中17例(24%)に抗体が発生した。しかしこれらのデータは以下の2つ の問題点がある。1つは、これらの報告は第VIII因子製剤の投与期間をかなり短期間 に限定しているためインヒビターの発生を過少評価してしまっている。抗体が発生し なかった症例での投与期間の中央値はわずか10日(Kogenate(TM))と16日(Recombinate (TM))である。抗体の発生頻度をKaplan-Meier曲線を用いて推定しようとしたために このように治療期間が限定された。

■ この解析方法を用いると、抗体の発生率はRecombinate(TM)を25日間ほど投与し た場合には38%、Kogenate(TM)を18日間投与すれば36%にもなってしまう。もう1つ には、抗体発生例を単純に足し算したことにある。一過性の抗体陽性が両方の治験で 認められ(5例/17例と4例/14例)、これらの症例には出血に際し標準的なVIII因子製剤 の投与が行われた。低力価の抗体が検出された症例もあり、力価が10 BU以下の症例 では出血の予防ないし治療にリコンビナント製剤の投与が継続された。

■ リコンビナント製剤で加療した症例を用いての前方視的データと、血漿由来の第 VIII因子製剤で加療した症例の後方視的データを比較した。Brietらはこれら8編のデ ータを検討する際、比較の対象を重症血友病Aの high responderに限定した。この 451症例の治療開始から16年経た時点で、累積発生頻度は20%であったが、この数字は high responderに限定すれば、リコンビナント製剤の治験のデータとほぼ同等である 。ただしこの8つの治験における抗体発生頻度は0〜45%とまちまちであり、比較的 少ない症例数から結論を引き出すことの難しさを示している。

■ このようにPUPでの治療開始早期の抗体発生頻度とは対照的に、長期間VIII因子 製剤の投与を受けた症例で抗体が発生するのは稀である。長期の投与によって発生し たその稀な抗体は、”新抗原”たるVIII因子を構成する分子に対する免疫応答によっ て生じたものかもしれない。 Brietらが述べているように、2〜3回輸注されたVIII因 子に対する”第1の”抗体は、長期間加療された症例に発生する”第2の”抗体とは免 疫学的に異なっているのかもしれない。

II-2. 抗体発生の素因
■ 血友病Aの遺伝子異常が多数の症例で検索され、その結果集計が94年4月から行わ れるようになった。もっとも驚くべき事は、large multi-domainの欠失を持つ症例で は74%(17例/23例)、VIII因子A3domainをコードするDNAにnonsense mutationを持つ 症例では73%(16例/23例)と高率に抗体発生が認められたことである。その他の血友病 A重症例でのインヒビター陽性の頻度は、 C1ないしC2ドメイン領域のnonsense mutationで27%(8例/30例)、intron 22 inversionで20%(130例/642例)、small deletionで15%(11例/72例)、VIII因子heavy chainのnonsense mutationで8%(2例/ 24例)、missense point mutationで3%(2例/61例)であった。抗体陽性例も親族患者 の多くは抗体陰性であり、特異的な遺伝子異常があるからといって第VIII因子に暴露 されると必ず陽性となるわけではない。このように個々の免疫応答能などの他の因子 もまた重要と考えられている。

II-3. 第VIII因子抗体の検出と特徴
■ 検査で偶然判明した例を除き、たいていの第VIII因子抗体は第VIII因子製剤への 反応性が悪化したことを契機に診断される。抗体は抗体価をBU単位で測定する Bethesda法を用いて量的に決定される。この検査法の測定限界は0.6 BUであるが、10 BU以上の症例では第VIII因子製剤を輸注しても検出には差し障りがない。従来の Bethesda法では、2時間の検体の加温の間にpHがうまく調節できないために、いろい ろな”低レベル”の非免疫学的な第VIII因子活性の不活化が起こってしまうことが最 近判ってきた。pHを上手に調節することで抗体陽性と陰性とをより鋭敏に区別できる 方法も行われている。

■ 先に述べたように第VIII因子製剤への免疫応答は、抗体陽性症例間で非常に多様 である。”high responder”のなかには、たとえ少量であっても投与されるたびに免 疫学的既往反応をおこすものもいる。免疫応答は時間依存性であるとはいえ、なかに はBU値が数千に上る症例もあり、この場合には輸注された第VIII因子が速やかに不活 化されてしまう。一方多くの抗体陽性例は”low responder”であり、第VIII因子製 剤が投与されても免疫学的既往反応は起こさず、定期の輸注にも関わらず力価は0.6〜 5 BUにとどまる。

■ 抗体陽性例のBU値すなわち第VIII因子製剤輸注後の免疫学的既往反応の有無に注 意するとともに、ブタ由来の製剤に対する抗体の影響も考慮する必要がある。ブタと ヒトの第VIII因子のアミノ酸配列の相違が極めて少ないため凝固能はほとんど同等で はあるが、その相違が両者の免疫学的な特質に影響を与えている。すなわち抗体の及 ぼす影響は、ヒトよりもブタの第VIII因子に対する場合が小さいことがある。症例に より異なるが、血友病A抗体陽性例のブタ第VIII因子に対する抗体価はヒト第VIII因 子に対する抗体価の15〜30%位であることが多い。交差活性もやはりさまざまではあ るが、ブタ第VIII因子への抗体価はBU値からだけでは単純に推論できない。このよう にブタ第VIII因子への反応性を決定する際には慎重になる必要性がある。

II-4. 第VIII因子抗体陽性例の治療
■ 抗体陽性例の治療は複雑である。すなわち患者の臨床症状、抗体値、その免疫学 的特質(high responderかlow responderか)、取り得るべき治療方法などについて熟 知しておく必要がある。最も有効な治療法は第VIII因子を維持する方法である。もし low responderであれば、ヒトVIII因子製剤を多めに投与することで通常は抗体を中 和し、凝固に必要な遊離型のVIII因子を与えることができる。

■ ブタ第VIII因子への親和性が低い抗体であれば、ブタ由来の第VIII因子製剤(以 下ブタ製剤)であるHyate C(TM)の投与を考慮すべきである。抗体陽性154例に対する ブタ第VIII因子製剤の投与に関する貴重なデータが最近international survey of treatment centerから報告された。2400件以上の出血に対しほぼ5000回行われた投与 の止血効果は、80%で著効、13%でかなり有効であった。全輸注のうちブタ製剤が無 効であったのはわずか7%のみであった。無効であった症例の多くは、ブタ製剤を緊 急的に投与されたhigh responderの例であった。またブタ製剤の投与量が不十分だと 有効性が低いことが他の報告で示されている。

■ 副作用として悪寒、発熱、皮疹などが2.3%に認められる。血小板減少症に関し ては、一過性の軽度のものは少なくないが著明なものは稀であり、特に通常量で投与 された症例では無かった。また緊急手術・待期手術いずれの場合もブタ製剤は有効で あり、57例中53例で十分な止血効果がみられたという他の報告もある。血友病Aでブ タ製剤を使う対象となるのは、ヒト(及びブタ)第VIII因子抗体が高力価の症例のうち 20〜35%や、特異的抗ブタ第VIII因子抗体陽性症例の30%ほどに限られる。ブタ製剤 を長期間投与しても抗体が陽転しない症例もあり、出血性関節症の予防・治療目的に 家庭療法が行われている。

■ もしヒトないしブタ第VIII因子製剤を高用量投与しても無効な抗体陽性例に重症 の出血症状がみられた場合、とるべき手段は次の2つしかない。1つは血漿交換や免疫 吸着法によってIgGを除去し抗体値を低下させること、もう1つは第VIII因子を要する 経路を”バイパス”させるような止血剤を投与することである。

■ 後者にあたる活性化第IX因子複合体(以下APCC)が過去20年間投与されてきた。 APCCの有効率は48〜64%であるが、持続期間が短く止血効果もまちまちで有効性をモ ニターする検査法も無いため投与する状況は限られる。さらにAPCCは血栓形成の危険 性が少ない。活性化第Z因子はこの製剤中にも含まれるが、これとは別にリコンビナ ントの第Za因子製剤が開発され現在拡大治験中である。多くの症例で止血効果が得 られ、副作用もほとんどないといわれている。

■ 免疫学的寛容を誘導する治療法は急性出血症状の治療とは異なり、長期的な視点 に立つ治療法である。多くの血友病A抗体陽性例で、高用量のVIII因子製剤がこの目 的で投与されている。どの診療施設も単独で多数抗体陽性例を抱えているわけではな く、immune tolerance protocolの国際登録所が最近報告したこの免疫寛容導入療法 に関するデータ以外にはまだ総括はない。

■ この報告は米国・カナダ・ヨーロッパ・日本の40施設で治療されている計204症 例のデータである。治療効果をみるに十分長期に治療された158症例のうち、107例 (68%)が免疫学的寛容状態となり、12例(8%)にある程度の有効性があった。有効性 が最も高かったのは、高用量の第VIII因子製剤(>100 U/kg/日)を投与された症例や 、免疫寛容導入療法が開始された時点での抗体値が10 BU未満の症例であった。いっ たん誘導されれば寛容は長期間持続し、抗体が再出現したのはわずか1例のみ、最長で 16年間寛容を維持している。

■ 国際登録所のデータでは症例の年齢は不明であるが、リコンビナント第VIII因子 製剤は免疫学的寛容を早期に誘導する効果があることが示唆される。この報告を支持 するように、抗体陽性の小児21例で良い結果が得られたとする報告もある。この報告 は、免疫学的寛容状態となるまでに要する期間が、抗体が検出されたのち免疫寛容導 入療法を開始するまでの第VIII因子製剤の投与期間と量に、有意かつ負の相関をする 点を強調している。

<III> 先天性第XI因子欠損症
■ 第XI因子欠損症(以下本症)は100万人に1人発症する稀な疾患である。ドイツ・ロ シア・ポーランド系(アシュケナージ系)ユダヤ人(以下Ashkenazi Jews)における頻度 は極めて高く、最も多い2種類の突然変異は9%(5〜11%)に認められ、重症の第XI因 子欠損症は0.22%(0.15〜0.3%)にみられる。本症はイラク系ユダヤ人にも多く発症し、 Ashkenazi Jewsの患者に多いタイプの突然変異のほか、日本人・韓国人・中国人・ア フリカ系アメリカ人・英国人・ドイツ人・イタリア人・アラブ人など非ユダヤ系の患 者に多いタイプの突然変異の報告もある。

■ 重症の血友病A・Bとは異なり本症の出血は軽度で、外傷や外科的処置ののちに症 状が明らかになることが多く、関節・筋肉内への出血は稀である。鼻出血や月経過多 もあるが、皮膚の小さな裂傷からの出血はない。ホモ接合体の患者(以下ホモ)や複合 ヘテロ接合体の患者(以下複合ヘテロ)は、外傷に際し通常出血過多を来すが、ヘテロ 接合体の患者(以下ヘテロ)には出血過多は通常無い。フォンビルブランド病や内因性 血小板凝集異常症のヘテロで止血困難な出血過多がある事を引き合いに出す研究者も おり、本疾患のヘテロでの出血過多の有無についての結論はまだ出ていない。いずれ にしても第XI因子活性値と家族歴の間にほとんど相関がないこと、説明のつかない出 血過多がヘテロでもみられることは事実である。

■ 本症は常染色体劣性遺伝である。第XI因子活性値はホモや複合ヘテロでは通常正 常の15%(15 U/dl)以下であり、ヘテロでは20%以上である。第XI因子の遺伝子につ いて、Ashkenazi Jewsでは4個の突然変異が知られているが、そのうちType II (nonsense mutation)とType III(missense mutation )が多く、Type IとType IVは極 めて稀である。Type IIの突然変異はイラク系ユダヤ人にもみられ、そのほか新しい 突然変異が英国や日本の患者から(少なくとも11種類)みつかっている。本症患者のう ち数例で血漿中に交差反応を示す物質を有することが示唆されており、報告されてい る第XI因子遺伝子の突然変異によって、凝固能のみならず血漿中のその蛋白量も低下 することがある。

■ 外傷後や外科的処置時の出血の程度は、ホモ・複合ヘテロ・ヘテロ各群いずれも さまざまであり、かつ第XI因子活性値とは粗な相関性があるのみである。さらに出血 傾向は家族内で一様にみられる場合も、そうでない場合も報告されている。しかしな がら第XI因子活性が15%以下という重症患者(ホモないしは複合ヘテロ)に限れば、ゲ ノタイプ・第XI因子活性値・出血の頻度と重症度の間には強い相関がみられる。本症 の45家系191例について調査した最近の報告では、41例のホモまたは複合ヘテロの55 %で異常出血がみられたのに対し、ヘテロでは71例中21%、その他では9%にとどま っていたことから、ホモや複合ヘテロの出血の危険性はヘテロのそれより大きいこと が示されている。

■ Asakaiらの報告では、重症の本症患者43例中、Type II、Type IIIそれぞれの突 然変異の頻度は49%、47%であった(最近のイスラエルからの報告では、250例中246 例でType IIかType IIIの突然変異がみつかっている)。また重症の52例中、Type III の突然変異のあるホモ(13例で9.7±3.8%)では、 Type IIのホモ(16例で1.2±0.5%) やType II/IIIの複合ヘテロ(23例で3.3±1.6%)に比べ有意に第XI因子活性値が高値で あった。さらにAPTTの延長は第XI因子活性値を反映し、ゲノタイプがType II/IIの群 では最も長く、Type III/IIIの群では最も短い(表6)。ゲノタイプがType III/IIIの 群に比してType II/IIないしType II/IIIの群では外傷後出血がより高頻度ではある が、自然出血(鼻出血や月経過多)はこれら3群間で有意差はなかった。

■ またゲノタイプによらず、線溶活性の強い組織の外科手術ではしばしば多量の出 血を伴う。対照的に大手術であってもそのような組織を含まない手術では、Type II/ IIの群(8例中4例)ではType II/III(20例中3例)やType III/III(10例中1例)の群に比 して出血量が多くなる傾向があった(表6)。これらのデータから重症の本症患者では 、ゲノタイプと手術の部位が出血量に影響を与えること、線溶活性の強い組織を扱う 手術では抗線溶剤による治療が重要であることの2点が強く示唆される。これはホモ や複合ヘテロの歯科治療において、血液製剤を補充せずともトラネキサム酸を投与す れば止血が容易になるという事実をみれば明らかである。

■ 本症患者の自然出血は稀なため、外傷後ないしは手術の前後のみに補充療法を行 う。症例間のみならず症例内においてさえも出血の程度はまちまちなため、第XI因子 活性値のみで出血の合併症を正確に予測するのは多くの症例で困難である。この点が 血友病A・Bとは異なっている。補充療法の適応は以下4つの因子によって決定される 。i)患者のゲノタイプと第XI因子活性値、ii)患者および患者家族の異常出血の既往 、iii)手術のリスクと部位(線溶活性の強い組織を含むかどうか)、iv)第XI因子が不 足していない状態でその手術を施行した場合の出血の程度。

■ このようにリスクの高い手術(脳外科手術・眼科手術・CABGなど)や中等度のリス クの手術(開腹術や開胸術など)を重症(<15 U/dl)の本症患者や異常出血の既往のあ るヘテロに対して行う場合、手術前後の補充療法を必要とする。逆に第XI因子活性値 を正常の5%以上有し、異常出血の既往のない患者にリスクの低い手術(皮膚生検やリ ンパ節生検など)を施行する場合には、原則として術後の慎重な経過観察のみとし治 療は出血の程度に応じて行う。本症の重症例に歯科治療を行う際には血漿の補充療法 は行わず、抗線溶剤(術前日から術後7日まで6時間毎にトラネキサム酸を1gずつ)を投 与すべきである。扁摘術やアデノイドの手術における抗線溶剤の投与経験の報告は無 いが、これらの手術ではゲノタイプによらず出血が多量になることが多いため、投与 する方が望ましいと考えられる。

■ 本症患者は分娩時に出血過多となる危険性があり、Type III/III(約10%)よりも Type II/IIやType II/III(約30%)でそのリスクが高い(Seligsohnの私信)。実際には 大多数の症例で出血過多はみられず必要な場合にのみ治療すればよいが、帝王切開を 行う場合にはリスクが中等度の手術を受ける場合と同等の管理をすべきである。

■ 一番の問題点は、出血過多や止血治療を受けた既往が無く、しかも高〜中等度の リスクのある手術を必要とするヘテロをいかに管理するかである。少量の出血でも場 合によって大きな後遺症を残したり、時には死に至るようなリスクの高い手術(脳外 科手術など)では第XI因子を積極的に補充し、リスクが中等度の手術では必要に応じ て補充するのが理想的と考えられる。

■ 第XI因子は新鮮凍結血漿(FFP)やcryosupernatantをまず15〜20 ml/kg/doseで大 量投与した後、5〜10 ml/kg/dayを7-10日間投与する。FFPは容量負荷を起こすため、 その投与には注意を要する。正常な心肺機能を有する若年者には15〜20 ml/kgの血漿 を比較的短時間(4〜6時間)で投与してもなんら問題ないが、中年以上の症例ないし心 肺機能に異常を有する症例にはプラズマフェレーシスを行った後にFFPを補充するべ きである。また第XI因子の半減期は長く(60〜80時間)、手術当日までにXI因子活性を 正常の50%まで上昇させるためには、FFPを術前に利尿剤と併用しつつ2日間かけてゆ っくりと輸注すれば十分である。

■ ウイルスを不活化した第XI因子製剤(英国BioProducts社より)も供給されており 、術前に本症患者に投与する。この製剤を輸注した際の in vivoの早期回収率は91% 、血中半減期も52±22時間と結果はFFPとほぼ同等であった。本製剤を30例(うち・因 子活性値が10%未満の重症16例(10例に手術や歯科治療後に出血過多の既往あり)と同 活性値が23〜47%のヘテロ13例(6例で異常出血の既往あり)を含む)、のべ31回の手術 に際し投与した。XI因子として16〜54 U/kg/doseを投与した結果、同活性値は59〜172 %にまで上昇した。CABGを施行した1例を除き、全例で良好な止血効果が得られ副作 用や血栓症状もなかった。

■ しかしながら他の製薬会社が異なった方法で製造した2種のXI因子製剤はDICを 引き起こした。冠動脈バイパス術を受けた後に死亡した1例では、すべての移植片に 血栓形成が認められた。前述のBioProducts社の製剤がその他の製剤と異なる点は、 アンチトロンビンIIIを多量に含有していることである。ウサギに大量投与(ヒトでの 2〜4倍)すると血栓が形成されるが、少量のヘパリンを併用するとこの血栓の形成は 阻止されることからBioProducts社は製剤に少量のヘパリンを混注していた。しかし 最近BoltonとMaggsは、BioProducts社の製剤で血栓症を来した4例を報告した。この ように第XI因子製剤は実験的にも臨床的にも血栓形成を促進する可能性があるため、 現時点では患者に第1選択薬として投与することは推奨できない。

■ 血漿補充療法を受けた本症患者でXI因子インヒビターが発生することがある。こ のような症例で止血困難な状況に陥った場合にバイパス活性のある第IX因子製剤を投 与すると症状が改善することもある。 <文献省略> ['97/06]