11-1.インヒビターとは
● インヒビターは欠乏した凝固因子を補充することにより発生し、その因子を中和する働きをもつIgG抗体です(タイプ1インヒビター)。サブタイプとしてはほとんどがIgG4です。
● 製剤を輸注しても効果が不足していることで気づかれます。
● タイプ2インヒビターは,凝固因子との結合によって脾臓などで異物処理されて、血中半減期が短くなるものです。タイプ2インヒビターは、インヒビターと凝固因子が共存している状態になります【図11-1】。
● 健常人が後天性に第[因子のインヒビターを作る病態があり、これを「後天性血友病」と言います。この場合のインヒビターはタイプ2インヒビターが多いです。
● 輸注を続けてもベセスダ法(詳細後述)で5ベセスタ単位(BU/ml)未満の低力価の抗体価で推移するものをロウリスポンダー(low responder)といい、輸注後1週間以内に急速に抗体価が上昇し、一度でも5ベセスタ単位以上となったものをハイリスポンダー(high responder)といいます。
● 凝固因子の輸注によりインヒビター価が急に上昇する現象を既往反応(anamnestic response)といいます。
● 単にインヒビター価で分類する方法もあり、5ベセスタ単位より低力価のインヒビターをロウタイター(low titer)と言い、5ベセスタ単位以上の高力価のインヒビターをハイタイター(high titer)と言います。

【図11-1:タイプ1インヒビターとタイプ2インヒビター】

11-2.頻度と原因
● インヒビターの発生は不明の点が多く、詳細は明らかにされていません。その背景には遺伝子の異常に基づく分子異常や、患者の免疫学的な遺伝背景があり、少しずつ明らかになってきています。
● 輸注総量とは関係なく、初回輸注から6ヶ月〜1年以内、または輸注回数20回以内に発生することがほとんどです。
● 一過性に出現して消失するものが20〜30%ありますが、ずっと持ち続けるものは、血友病Aでは10〜15%、血友病Bでは2〜5%です。
● インヒビターの発現リスクは血友病Bより血友病A、軽症・中等症より重症型が高く、人種では黒人・ヒスパニック・白人の順に多いことがわかっています。
● 第[因子遺伝子に小さな変異を持つ患者より、大きな変異を持つ患者で発現リスクが高く、イントロン22の逆位、大きな遺伝子挿入・欠失、軽鎖ナンセンス点変異など,高率にインヒビターを起こす遺伝子異常もわかってきています。
● 遺伝子異常の一致する血友病A患者の兄弟間でもインヒビター陽性の一致率は40%程度であり、遺伝子的背景以外にもインヒビターの発生を規定する他の因子の存在が考えられます。

11-3.測定法
● 測定法には、【図11-2】のベセスダ法と、ELISA法による測定法があります。

【図11-2:ベセスダ法】

● ベセスダ法の具体的な方法は以下の通りです。
1) 正常血漿と患者血漿、正常血漿と凝固因子(VIII、IX)欠乏血漿をそれぞれ1:1に混和する(A)(B)
2) 37℃、2時間インキュベートする
3) (A)(B)の凝固因子活性を測定し、(B)に対し(A)の活性が1/2になる場合1ベセスタのインヒビター価とする。
● ELISA法は保険収載されておらず、一部の施設でしか行われていません。タイプ2インヒビターの検出には、ベセスダ法より優れていると想像されます。しかし、ELISA法によるインヒビター価が中和療法等にどう反映されるか不明で、現在のところ一般的ではありません。

11-4.インヒビター保有患者の出血エピソードの治療
11-4-1.バイパス療法
11-4-1-1.活性型プロトロンビン複合体(APCC)製剤(ファイバ;バクスター社)
● インヒビターがある場合,通常の凝固因子製剤の輸注では効果が乏しいため,インヒビターが抑制するステップを迂回して凝固を促進する(バイパス療法)が選択されます。バイパス療法に使用される製剤をバイパス製剤と言い,APCC製剤(ファイバ)もそれに当たります。
● ハイレスポンダーの場合,凝固因子製剤を輸注すればするほど抗体価が増加するため、例え出血時低力価であっても,バイパス療法を優先して選択します。
● ファイバは50〜100単位/Kgを1〜2回/日非常にゆっくりと静脈注射します。1日の総輸注量は200単位/kgを越えないようにします。体重60kgでは1回あたりの輸注量は60〜120ml、輸注時間は20〜50分と時間をかけての静注が必要です。
● 有効性は50〜65%と報告されていますが、症例、出血症状により左右されます。
● 輸注前後の検査値はaPTTが短縮しない場合があり、その場合はTEGか非活性化(non-activated)PTT などの代替え検査でみます。
● 頻回輸注により効果が減弱すると言われています。機序はまだ不明です。しかし一時休薬すると効果は戻ります。
● 副作用としては血栓傾向が最も危惧されますが、Ehrlichらの報告では10年間計3.95×105回の輸注で血栓症の発症例は16例でした。DICと心筋梗塞が多く、過剰投与、肥満、高脂血症が発生リスクとしてあげられています。
11-4-1-2.遺伝子組み替え型活性化第Z因子療法、rFZa(ノボセブン:ノボ社)
● これもバイパス療法の一つです。活性化第Z因子を補充することにより、出血局所や血小板膜上においてトロンビンを大量産生させて止血作用を発揮します。
● 使用法は1回90〜120μg/kgで、半減期は成人で2.7時間、小児で1.3時間と短く、止血するまで2〜3時間おきに静脈注射します。欧米では、持続輸注も行われており一定の効果を挙げていますが、日本では保険の問題もありその使用は限られます。体重60kgでは1回あたりの輸注量は6〜12ml、輸注時間は2〜5分で静注します。
● rFZaの有効率は79%、筋肉出血で65%であり、有効性には出血後輸注までの時間が大きく関係しており早期輸注が必須です。
● 頻回輸注により効果が減弱すると言われています。機序はまだ不明です。但し、一時休薬すると効果が戻るので、その場合一時的にファイバの使用に切り替えることも考慮します。
● 出血局所で作用するため全身の凝固に対する影響は少なく、副作用としての血栓症はまれとされていますが、心筋梗塞、肺塞栓症、深部静脈血栓症などが報告されています。
11-4-2.中和療法
●ロウリスポンダーの場合,1)バイパス療法の効果が悪い場合,2) 手術や【表3-1:血友病の重篤な出血】の場合には、インヒビターを中和するほどの大量の凝固因子を一度に輸注し,止血を図ります。
● 5ベセスダ単位で体重が50 Kg 、循環血漿量は約2リットルとすると5×2000÷2=5000単位が中和に必要な量で、これに希望上昇値分の単位を加えます。しかしインヒビターはIgGであり、血管外プールがありますので、持続的なモニターを行い、出血の程度に応じてボーラス輸注あるいは持続輸注で調節します。
● 前述のようにハイリスポンダーでは、製剤輸注3〜7日後の一過性インヒビター値の上昇(既往反応)に留意する必要があります。
● 簡易計算式として次のようなものが経験的に用いられます。

1) 循環血漿量から得られた式
中和に要する凝固因子の単位=20×ベセスダ単位×体重(kg)
2) Kasperらの式
中和に要する凝固因子の単位=(40+20×ベセスダ単位)×体重(kg)
● 血友病Bの場合は、第\因子の血管外プールが多く必ずしも上記簡易計算式が当てはまらない可能性があります。また後天性血友病などに多いタイプ2インヒビターの場合も,この式は当てはまりません。
● フォン・ヴィレブランド因子との結合を阻害するタイプの第[因子インヒビターの報告もあります。この場合第[因子単独の製剤よりも、第[因子/フォン・ヴィレブランド因子複合体製剤の方がより有効と思われます。
● 中和療法では適切に凝固因子活性がモニタリングされている場合極めて安全性は高いと言えます。しかし、モニタリングが確実に行われず、第[因子活性の異常高値(例:200%以上)が続いた場合は血栓症のリスクが高くなります。
● 血友病Bインヒビターの場合には、第\因子製剤の輸注でアナフィラキシーなどのアレルギー反応を起こす可能性があるほか、ネフローゼ症候群などの腎障害を起こした例が報告されているので注意を要します。
11-4-3.ブタ由来第[因子製剤
● 患者のインヒビターがブタ由来の第[因子を中和しなければ、ブタ第[因子で補充療法が可能です。
● 問題点として、交差反応によるインヒビター力価の上昇、ブタフォン・ヴィレブランド因子による血小板減少、異種蛋白による発熱などのアレルギー反応ががあります。
● 欧米では既に発売されており(商品名:ハイエイトC),インヒビター用の治療薬として、あるいは後天性血友病の第一選択として用いられています。しかしメーカーは日本導入の試みを中断しています。
11-4-4.止血モニタリング検査
● 中和療法;中和療法ではモニタリングは比較的容易であり、第[(\)因子活性もしくはaPTTが指標となります。
● バイパス療法;現在、バイパス療法のモニタリング検査は最適なものはありません。PTやaPTT、TEG、第Z因子活性(rFZa製剤の場合)が参考になります。他にはトロンビン生成試験や凝固波形解析が有効との報告もあります。
11-4-5.インヒビター保有患者における治療法選択について
● 患者のインヒビターがブタ由来の第VIII因子を中和しなければ、ブタ第VIII因子で補充療法が可能です。
● 問題点として、交差反応によるインヒビター力価の上昇、ブタのフォン・ヴィレブランド因子による血小板減少、異種蛋白による発熱などのアレルギー反応があります。
● 欧米では既に発売されており(商品名:ハイエイトC、イプセン社)インヒビター用の治療薬として、あるいは後天性血友病の第一選択として用いられています。
11-4-5.インヒビター保有患者における出血時の製剤選択について
● インヒビターが低力価(成人なら5ベセスダ、幼児なら10ベセスダ未満)で、かつロウレスポンダーの患者であれば、中和療法を行い出血エピソードに対処します。
● インヒビターが低力価でハイレスポンダーの場合は、通常の関節出血などはバイパス療法、手術や生命に関わる出血の場合には中和療法を選択します。
● インヒビターが高力価の場合は、インヒビターの中和が不可能なので、バイパス療法を行います。必要であればそれらの製剤の持続輸注も考慮します。
● 中和療法を用いた場合、程度の差こそあれ3〜7日後には既往反応が起こります。それまでに止血し得るよう充分な治療を行います。インヒビターの値は定期的に追跡する必要がありますが、通常元に値に戻るのに1年以上かかります。
● 【図11-3】に挙げる止血療法のフローチャートに従い治療選択を行うのが,一般的です。
【図11-3:インヒビター保有患者の止血療法フローチャート】

11-4-6.新たなバイパス製剤の開発(乾燥濃縮人血液凝固第]因子活性化第Z因子製剤)
● Tomokiyoらは血友病AおよびB血漿における活性化第Z因子(FZa)の止血効果をaPTTの短縮、TEG、トロンビン生成試験で評価したところ、第]因子(F])の添加によりいずれも著明に改善することを明らかにしました。
● F]の生体内半減期は30時間とFZaよりも長いことから、FZaとF]の併用はFZa単独よりも止血効果の持続性は高いことが予想されています。また非臨床試験において,APCC製剤よりもより安全性が高いことも示唆されています。
● 現在、FZaと第]因子の混合製剤が治験中であり、さらに有効かつ安全なバイパス製剤の臨床応用が期待されます。

11-5.インヒビターを消失させる治療
11-5-1.免疫抑制療法
● ステロイド、イムラン、エンドキサンなど免疫抑制剤を用います。速効性は期待できない上に有効率も低く、単独では行われません。
11-5-2.免疫寛容療法(Immune Tolerance Induction:ITI)
《中等量免疫寛容療法》
● 5ベセスダ未満のインヒビターをもつ患者に定期的に第[因子を輸注すると、2〜5年で力価が減ることがあり、免疫寛容の誘導と考えられています。
● 具体的には、20〜50単位/kg/回を連日または隔日輸注です。寛解率は60〜90%です。
● 主にインヒビターを有してから何年以上経過した成人患者に対し用いられる方法です。
● 高用量免疫寛容療法よりもコストがかからず、日本では行いやすい方法と言えます。
《高用量免疫寛容療法》
● Blackmannらは高力価のインヒビター例を含んだ患者に、100 単位/Kgの第[因子と50 単位/Kgのファイバを毎日繰り返し輸注し、1年後にインヒビターが消失したと報告しました。
● 寛解率は60〜90%ですが、インヒビター発生後1年以内であれば寛解率は高いと言われています。
● 日本では幼児例で考慮される方法です。
● 免疫寛容導入療法の研究;現在、国際的に免疫寛容導入療法の標準治療化のための研究が行われています。無作為割付けで低用量(50単位/kg×週3回)もしくは高用量(200単位/kg×毎日)に登録し、インヒビターの消失率を比較しています。
11-5-3.血漿免疫吸着療法(プラズマフェレーシス)
● プロテインAの吸着膜を用いて、患者の血漿中に存在するインヒビターを除去する方法です。
● インヒビターは主にIgGであり血漿以外にも存在しますので完全除去はできません。一時的な方法と言えます。
● 単独で行われることはありません。手術前などに高用量免疫寛容療法と組み合わせて行われます。
11-5-4.インヒビターを消失させる治療の実際
● Nilsonらは、大量γグロブリンを輸注して全般的なB細胞の活性化を抑えた後、第[因子を大量輸注してメモリーB細胞を活性化させ、次にエンドキサンを使い、特異的なインヒビター制御法を報告しました。成功率は12例中9例としています。
● 前述の療法を組み合わせて行うのが一般的です。Malmo protocol【表11-1】、Bonn protocol、Mauser-Bunshoten protocolがあります。各々の方法、治療成績は【表11-2】の通りです。

《表11-1:Malmo protocol》

凝固因子
初回:インヒビター中和量+40〜100%の凝固活性値を見込む量を輸注
維持:30〜80%の凝固活性値を見込む量を1日2回輸注

γ-グロブリン
第1日:凝固因子投与直後に2.5g輸注
その後:第4〜8日の5日間、0.4g/kg/日輸注

サイクロフォスファミド
第1〜2日:15mg/kg を静注
第3日〜 :2mg/kgを8〜10日間内服

プレドニン
第1日より1〜2mg/kg/日を14日間内服後漸減

プラズマフェレーシス
上記治療直前にプロテインA吸着膜にて施行

● このような免疫寛容誘導療法は、小児期に行えば成功率は高いが成人では成功率が低いことが報告されています。
11-5-5.新たな免疫学的治療
● 最近、後天性血友病Aのインヒビター除去治療として抗B細胞CD20抗体(リツキサン:一般名Rituximab)の有用性が報告されており、先天性の血友病インヒビターにも有効であるか検討中です。
● Mathiasらは免疫寛容療法で効果のなかった2名の血友病インヒビターで使用し、1名はRituximabによりインヒビターが消失したことを報告しています。
● Rituximabはこのように血友病インヒビターにも有効である可能性があり、また免疫寛容療法前のインヒビター除去の目的にも利用できると思われます。現在保険適応はなく、製剤の使用は限られます。今後より有効な用量や期間の検討が必要です。