10-1.HIV感染症
10-1-1.概要
● HIVは細胞表面にCD4をもつTリンパ球やマクロファージ系細胞に感染し、増殖しながら、感染細胞をアポトーシスに導き免疫機構の破綻を引き起こします。その結果、エイズすなわち日和見感染症・二次的悪性腫瘍・神経疾患を起こし死に至ります。無治療の自然経過は平均で8〜10年と言われています。
● 感染が成立したウイルスを完全に体内から排除することは困難で、「ウイルスを抱えながら天寿を全うするまでよい健康状態を維持する」ことが当面のゴールです。
10-1-2.血友病とHIV感染
● 血友病のHIV感染は汚染輸入血液製剤が原因です。日本では1986年の時点で40%が感染したと推定されています。
●2005年度の血液凝固異常症全国調査の報告書にも、血友病のHIV感染者は1411名で、そのうち581名が既に死亡しています。
● 日本の血友病患者の平均推定感染時期は1983年3月で、すでに24年が経過しおよそ半数がエイズを発病しました。しかし有効な抗HIV薬を中心とした治療の進歩によって生命予後や生活の質が1996年以降飛躍的に改善し、最近はエイズのために命を失う血友病患者は激減しました。
●血友病患者ではHIV感染に合併して、B型肝炎・C型肝炎ウイルスに感染している例を多く認めます。HIV感染による免疫力低下が肝炎の進行を早めたり、逆に肝障害の進行が抗ウイルス薬の使用を制限してしまうため治療に難渋する場合も多くあります。
10-1-3.HIV感染症の治療
● HIVの増殖が盛んで、免疫不全がある程度進行したら、複数の抗HIV剤を併用して治療を開始します。きちんと服用できた場合には、8割以上の患者でウイルスを抑えることができ、免疫能が回復します。長期にわたる治療ですから、服薬をきちんとすること、定期的な検査を受けることが大切です。
● 2006年現在、抗HIV剤は、1)核酸系逆転写酵素阻害剤、2)非核酸系逆転写酵素阻害剤、3)プロテアーゼ阻害剤と大きく3種類に分かれ、合計22種類の薬剤が市販されています。薬にはそれぞれ問題点がありますが、飲み続けるためには副作用の問題と、飲んでも効かなくなる耐性の発生が困ります。
● 現在まで服薬が必要でなかった血友病のHIV感染者は、それだけでも、長期非進行型であったと言えます。いつ、どんな状態で治療を始めるか、何で始めるか、何をモニターするか、変更や中止をするときなど、年々考え方が進歩しています。最新の情報を得ること、HIVに慣れた複数の医療スタッフの意見を聞くことを勧めます。さらに患者仲間の体験談が役に立つでしょう。
10-1-4.社会的な問題
● 残念ながらHIV感染症は、医学以前に偏見や差別の問題があります。明らかな医療忌避事件もありますが、1)患者への情報提供をしない、2)必要な検査や治療(特に手術など)を実施しない、3)積極的な発症予防治療をしない、ことなども消極的な医療忌避と思われます。
● しかし先輩の患者さんの中には積極的に働きかけてきた人もあります。医療機関を含めた教育・啓発活動により、医療現場は改善しつつあります。
10-1-5.エイズ医療対策
● 1997年から国の事業として、東京にエイズ治療研究開発センターを設け、全国8ヶ所のエイズ治療のための地方ブロック拠点病院と約360ヶ所の拠点病院が指定されました。ブロック拠点病院の主な役割は、1)包括医療の提供、2)地域の支援、3)エイズ教育と研修、4)情報発信、5)基礎・臨床研究などです。
● 医師、看護師、薬剤師、心理カウンセラー、医療福祉担当者(医療ソーシャルワーカー)などが連携して、チームで治療やケアを行っています。またエイズ発病後も早期診断、早期治療を行い、患者さんが社会復帰できるよう努力をしています。
10-1-6.HIV感染被害の補償
● 輸血用血液や輸入血液製剤によるHIV感染者では、医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構 (略:医薬品機構)より健康管理費用が支給される制度があります。対象はエイズを発症していない感染者、その二次感染者(配偶者)、三次感染者(母子感染者)です。エイズを発症した場合は健康管理手当が支給されます。
● 薬害エイズ裁判は原告の主張に添った和解が1996年3月に成立しました。賠償金が原告1人あたり4500万円支払われ、また同時にエイズに対する恒久的医療対策が行われることになりました。毎年、地方レベル、中央レベルそして大臣交渉が行われています。

10-2.B型肝炎
10-2-1.概要
● HBVはDNAウイルスであり、ヘパドナウイルスに属します。
● 感染経路は血液を介するもの、周産期の母子感染、性行為感染に分けられます。
● 母子感染はしばしば無症状で経過し、HBe抗原陽性のウイルス保有者(HBVキャリア)と呼ばれ、感染源になります。成人期前後に急性肝炎の症状が出ることがあり、HBe抗原が陽性から、HBe抗体陽性に転化し(セロコンバージョン)、肝炎の活動性は低下します。
● 成人期に感染すると多くは一過性感染となり、数ヶ月の経過で治癒しますが、抗癌剤の治療中など免疫不全があると持続感染になることがあります。急性感染のうち約1%が劇症型となり、肝不全死を起こします。日本では1年に1000人あまりのB型劇症肝炎が発生していると推定されています。
● 初回献血者のキャリアの率は、西日本に高く約1%です。日本でHBV感染者(既往も含む)はおよそ200万人と言われています。
● 既往の感染者はHBs抗体、HBc抗体、HBe抗体の二つ以上が陽性です。一方、HBVワクチンを接種するとHBs抗体のみが陽性になります。HBs抗体は感染に対し抵抗力がありますが、全てのサブタイプをカバーするものではないので、非常に稀に2種類目のHBVに感染する例があります。
● 肝細胞でHBVの複製が起こるものの、HBV自体は肝細胞を破壊しません。HBVを産生している肝細胞をねらって免疫細胞が破壊することにより肝炎が起こります。
● HBVを完全に排除できないで慢性持続性肝炎の状態にあると、およそ50%が肝硬変、肝臓癌の道を歩みます。
● 特にHBe抗原陽性者をHBe抗体陽性に変えることが肝炎の活動性を沈静化させると言われています。この慢性持続性肝炎に対して、インターフェロン注射、ラミブジン内服などの治療が試みられています。ウイルスを完全に排除できなくても肝炎の沈静化を計ることは自然歴を改善します。
10-2-2.血友病におけるHBV感染症
● 1985年までに輸血または血漿分画製剤で治療を受けた成人血友病患者の95%はHBV感染マーカーが陽性です。しかし原料血液の厳密な検査、製造後堤にウイルス不活化処理を加えることにより、現在は新しいB型肝炎の発生はほとんどありません。
● HBs抗原陰性かつHBs抗体陰性かつHBc抗体陰性の場合、HBVに未感染です。このような血友病患者では、HBVワクチンを接種することは構いません。
10-2-3.B型慢性肝炎の治療
● 慢性肝炎をもつHBVキャリアにはインターフェロン療法が保険適応となっていますが、有効率は10%程度です。
● 抗HIV薬である3TC(一般名:ラミブジン、商品名:ゼフィックス)の少量使用(100mg/日)がHBVに効果があり、2001年に保険収載され使用されるようになりました。しかし使用期間中はHBV DNAやHBe抗原を陰性化させることができますが、使用中止すると再度増殖する可能性が高いようです。ラミブジン耐性化ウイルスの出現も問題となっており、そのためエンテカビル(商品名:バラクルード)も使用できるようになりました。
● その他ゲルマニウム化合物のプロパゲルマニウム(商品名:セロシオン)も保険収載されており、一定の効果を挙げています。しかしこれも3TCと同様、中止後にHBVの増殖、肝炎の増悪することがあります。

10-3.C型肝炎
10-3-1.概要
● C型肝炎の原因ウイルスであるHCVはRNAウイルスで、黄熱病などのフラビウイルスの一種です。
● 1989年にウイルス遺伝子が同定され抗体検査、さらにHCV RNA検査もできるようになりました。
● HCV抗体陽性の70%以上がHCV RNA陽性のウイルスキャリアです。また稀にHCV抗体陰性、HCV RNA陽性のものもあります。
● C型肝炎ウイルスのキャリアは、全国で200万人いると推計されています。アメリカでも同様の疫学調査があり、日本とほぼ同率であることがわかりました。
● その病態はB型肝炎と違い、1)免疫反応による肝障害、2)ウイルス自体の肝細胞障害、の2つの機序で肝炎が起こります。またHIVとの重複感染では、肝炎が重症化するデータが数多く示されています。
● HCVは高率(70%以上)に慢性肝炎を起こし、自然に排除されることはあまりありません。20年の経過で約20%が肝硬変、肝臓癌に至ります。
● HCVには遺伝子型(ジェノタイプ)あるいは血清型(セログループ)で数種類に分類され、ウイルス量やインターフェロン有効率が異なります。
10-3-2.血友病におけるHCV感染症
● 1990年までに輸血や血液製剤による治療を受けた血友病患者の90%がHCV抗体陽性でした。従ってこの世代の患者では、肝炎の進行が懸念されています。
● 1989年からHCV抗体を検査し、1999年10月からHCV核酸検査が始まりました。陽性のものは原料として使用されていません。この上にナノフィルター処理、加熱処理、SD処理などの化学処理でウイルス不活化を実施しています。最終産物の核酸検査も実施しています。現在の製剤からはHCV感染は発生していません。
10-3-3.インターフェロンによるC型慢性肝炎の治療
● これまで日本では、インターフェロンが唯一の抗HCV剤でした。2001年12月から、欧米で小児の上気道炎の治療に用いていたリバビリンという抗ウイルス剤と、インターフェロンα-2bの併用療法が行われるようになり、治療効果が約2倍になりました。
● HCVのジェノタイプ、HCV-RNA定量、肝の線維化の程度、患者の動機、合併症の有無などからインターフェロン療法の適応を決め、可能な例では実施します。
● インターフェロンは長期間注射しないといけないので不便です。導入は入院で行い、慣れると外来において皮下注射で維持する施設がほとんどです。自己注射も行われています。
● インターフェロン療法は高頻度に副作用(間質性肺炎、抑うつ、血球減少など)が起こり、10%前後の脱落例があります。施行前に医師と患者がよく話し合って決める必要があります。
● PEGインターフェロン:インターフェロンをポリエチレングリコールと結合(PEG化)させることで、体内での半減期が延長し、今まで週3回の注射をしていたのが週1回で同等以上の効果を持たせることができるようになりました。
● 現在推奨される治療は2004年10月より承認されたPEG-IFNα-2b(商品名:ペグイントロン1.5mg/kg週1回皮下注)またはPEG-IFNα-2a(商品名:ペガシス180μg 週1回皮下注)+リバビリン(商品名:レべトール,コペガス,600?1000mg/日経口)併用療法です。ウイルスのタイプ(ジェノタイプ)、ウイルス量により異なり,以下のとおりになります。
> ジェノタイプ1a,1bでは48週間。治療開始12週でウイルス学的効果が得られていない場合は中止。リバビリンは体重≦60kgで600mg/日、60kg<体重≦80kgで800mg/日、体重>80kgで1000mg/日。
> 他のジェノタイプでは24週間。リバビリンは体重にかかわらず800mg/日。
● ジェノタイプ1a,1bでかつ高ウイルス量のC型慢性肝炎に対して、48%のウイルス陰性化率を示します。また再燃例に対しても、ウイルス陰性化率は63%です。ジェノタイプ1a, 1bでかつ低ウイルス量,他のジェノタイプのC型慢性肝炎に対しては、ウイルス陰性化率は89%です。
10-3-4.インターフェロン以外のC型慢性肝炎の治療
● インターフェロン療法の適応がない例では、肝機能悪化に対し薬物療法を用います。
● グリチルリチン(商品名:強力ミノファーゲンC)やウルソデオキシコール酸(商品名:ウルソ)がその代表格で、単剤または併用でALTを80 IU/L以下を目標に治療します。
● 例えHCVを体内から排除できなくても、ALTを80 IU/L以下を維持することにより、肝硬変、肝癌へ移行率が劇的に低下します。
● その他、血清フェリチン高値例が肝機能を悪化させるとして、瀉血によって血清フェリチンの低下を図り、肝機能の改善を見た例も報告されています。
● また定期的な肝機能検査と、超音波検査や腹部CT検査(1〜2回/年)で肝硬変や肝癌の早期発見に努める必要があります。血液検査で肝硬変への移行を疑わせる所見は、1)血小板低下、2) PT活性低下、3)ヒアルロン酸高値、4)慢性肝炎の時期に比べAST、ALTが低下しかつAST>ALTになることなどです。
● 単発性あるいは微小な肝臓癌に対しては、手術、塞栓術、薬物局所使用などが試みられています。

10-4.パルボウイルスB19
● パルボウイルスは最小のDNAウイルスでエンベロープを持たず、加熱処理にも抵抗性です。数年に1回大流行を繰り返すリンゴ病の原因ウイルスです。
● 大半の急性感染は数日の微熱が出る程度で、抗体を作って治癒しますが、妊婦が初感染すると胎児水腫(流産)を起こしたり、溶血性貧血の患者に初感染すると赤芽球無形成を起こし、貧血が重症化します。また免疫不全症やエイズ患者では持続性感染が成立し、重度の貧血が起こることが報告されています。
● 一般献血者数万人に1人の割合でウイルス血症がありますが、凝固因子製剤の製造工程で排除することができません。日本赤十字社では献血スクリーニング検査の試薬を開発し、世界に先がけて導入しました。献血人口の80%が抗体陽性ですが、これは既往の感染を意味します。
● 抗体陽性者は二度と感染を起こしません。ちなみに血友病患者の抗体保有率はほぼ100%です。

10-5.プリオン病
● プリオンは正常人も脳内に持っている蛋白ですが、それが異常プリオンになって増殖し、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)という脳を溶かす病気を引き起こします。
● 牛で異常プリオンに感染した場合“狂牛病(BSE)”といわれますが、イギリスではさらにこれから人に経口感染を起こし、数名のCJD類似の症状を起こす発病者(variant CJD)がおよそ100人発生しました。日本では化学処理が施されないヒト由来の脳硬膜移植例で、80例程度のCJDが集中発生したことが問題となりました。
● 異常プリオンは検査法が確立されていないことや、加熱処理や通常の化学処理に抵抗性であるため、輸血感染のおそれが否定できませんが、輸血や血漿分画製剤による治療でヒトにCJDが発生したという報告はありません。
● 2001年に世界血友病協会(WFH)の諮問委員会は、「ヒト由来の血液製剤中にvariant CJDの原因プリオンが存在する可能性は低いが、何種もの精製技術を採用している精製度の高い製剤を使用することが望ましい」とコメントしています。
● 後にCJDを起こした患者が元気なときに供血したことが判明した場合、全ての血漿分画製剤は回収されて廃棄されます。
● ヒトの血漿を原料とする限り、ヒトに感染を起こす病原体を持ち込む可能性は今後も皆無になりません。しかし、わずか10〜20年で数百倍、数千倍も安全になったことは間違いないでしょう。